15年ぶりに「私の原点」へ帰る日。
——言葉の力と、動く吉本ばななさん。
BSよしもとのYouTube
「第一芸人文芸部」というコーナーを見て、
雷に打たれたような衝撃を受けた。
又吉直樹さんや芸人さんたちと一緒に、
なんとゲストで吉本ばななさんご本人が出演し、
楽しそうにおしゃべりしていたのだ!
私にとって吉本ばななさんといえば、
小説の巻末にある「白黒の小さな著者近影」のイメージしかなかった。
だから、実際に動いて、笑って、
ご自身の言葉で話している姿を見られたことは
ものすごい感激で、
「良き時代よありがとう!」と一人で興奮してしまった。
そんな、ばななさんたちの
本にまつわる熱い話を聴いているうちに、
久しぶりにばななさんの小説『アムリタ』を読み始めると、
「うわ、大切なこと、ここに書いてあるじゃん!」
と思わず声を出してしまった。
「1人でいる夜中の台所は思考が永遠に立ち止まる地域。(中略)殺意も、素晴らしいポルシチも、キッチンドランカーもそこから生まれる。家を司る大いなる場所で」
私が毎日立っているあの場所が、
ただ家事をする空間ではなく、
命や感情が渦巻く「大いなる場所」
として表現されていることに、強く共感する。
間違いなく台所から、
私の「素晴らしいボルシチ(生きる喜び)」は
生まれているからだ。
そして、楽しそうに本の話をする彼らの姿を見ていて、
私の中に決定的な感情が押し寄せてきた。
「そうだ、本を読もう。私、やっと元通りに帰ってきたんだ」
という深い安堵感。
SNSを見てタワマンや
わかりやすいキラキラした世界に憧れ、
誰かと自分を比べて僻み、
時には相手の不幸を願い、
私の方がまだ幸せだと人を見下し。
私はずっと迷子になっていた。
でも違う。
私の生活の本当の楽しみ方は、
風の音を聞きながら本を読み、
自分の世界に浸ることだった。
あーだこーだと一人で思いを巡らせ、
いろんな言葉を知り、人の感情の機微を知る。
その静かで深い豊かさこそが、
私にとっての「最高の贅沢」であり、
生き方の本質だったのだ。
思い返せば、20歳そこそこで母を亡くした時、
私をどん底から救い上げてくれたのも「本」だった。
本を読んでいて「喪失感」という言葉に出会った。
その時はまだ、その言葉の本当の意味なんてわかっていなかった。
でも、母が亡くなり、
ベッドに横たわって一人で天井をぼーっと見つめていた時。
「ああ、これが喪失感か」と、
突然パズルのピースがはまるように腑に落ちた。
自分の輪郭のない苦しみが、
「喪失感」として言語化された瞬間。
私は自分の状況を、
遠くから俯瞰して見ることができるようになった。
あの言葉があったから、
私はあの悲しみから立ち直ることができた。
本って、言葉って、やっぱりすごい。
そうやって私を生かしてくれた原点だった。
命の現場で働き、毎日の生活を回し、
他の誰かの定規で自分を測っては、
私はダメだと落ち込んで。
かなり遠回りをしてしまったけれど、
15年ぶりにやっと、
私は自分の人生のど真ん中に帰ってきた。
そうだ、もう一回、本を読もう。
そして3歳の息子と一緒に、
絵本も含めてたくさんの言葉の世界を旅していこう。
さあ、今日はこれから神保町へ。
息子と手をつないで、
新しく広がる世界への入り口を探しに行ってきます。

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