「しっかりしなきゃ」の呪縛と、私の自信のなさの正体

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最近、料理への向き合い方が変わったというお話をしましたが、
その背景には、私の「人格形成」にまで関わる、
長くて暗いトンネルのような時期がありました。

今日は少しだけ、私の根っこにあるお話をさせてください。

みんなと同じになれない、得体の知れない「重さ」

かつての私は、いつも体がだるく、猛烈な眠気に襲われていました。

幼少期からの便秘とアレルギー体質。
勉強ができるようになりたくて真面目に取り組むのに、
注意力が散漫で成果が出ない。
勉強も運動も頑張っても友達に勝てない。

私生活でも、一生懸命やるのに
ミスを繰り返してしまう。

「なんで私だけ、こんなに普通にできないんだろう?」
そんな思いが、いつも頭の片隅にありました。

周りのみんなが軽やかにこなしていることが、
私にはエベレストに登るくらい高く、険しい壁に見えていたんです。

「気を張っていないと」という、綱渡りの毎日

「頑張らないと」
「しっかりしないと」
「常に気を張って居ないと……」

そうやって自分を追い込んでいないと、
すぐに「みんな」の列から脱落してしまう。
そんな恐怖心が常にありました。

新しいことに挑戦するエネルギーなんて残っていない。
ただミスをしないように、
今の場所から落ちないように
「現状維持」に全てのエネルギーを使い果たす毎日。

この「得体の知れない不調」は、
私の自信を少しずつ、でも確実に削っていきました。

「私はダメな人間だ」「努力が足りないんだ」

そう思い込むことでしか、理由が見つからなかった。

今の私の「自信のなさ」の種は、
間違いなくこの幼少期に植えられたものでした。

食べ物が、魔法を解いてくれた

そんな自分を変えたくて
資格を取れば自信が持てるのではないかと
看護師になりました。

健康を支えるプロとなったのですが、
過酷な勤務に自分の心と体はさらに疲弊していきます。
名もなき体調不良に、
学校で学んだ知識は役に立たず、
頼れる薬もありませんでした。

その霧が晴れたきっかけが、
皮肉にも「手間のかかる食事」への切り替えでした。

身体の不調が料理で良くなるらしいと知り、
西洋医学から東洋医学へ視野を広げ、
化学調味料やレンジ、加工食品を手放してみることに。

すると、あんなに重かった体が、
少しずつ軽くなっていった。

あんなに支配的だった眠気が、引いていった。

私の性格がダメだったんじゃない。
ただ、食べているものが私に合っていなかっただけなんだ。

そう気づいたとき、ボロボロだった私の自己肯定感は、
ようやく息を吹き返しました。

「めんどくさい」は、私を守る盾

私が今でも「電子レンジを使わない」「添加物を避ける」といった、
世間から見れば「めんどくさい」やり方を続けている理由。

それは単なる健康志向ではなく、
あの絶望的な日々に戻りたくない」という、
切実な自己防衛でもあります。

でも、最近はその「守り」のための手間が、
ロジカルな視点を得たことで「愛おしい時間」へと変わりつつあります。

「みんなと同じ」になるために必死だった私へ。
もう、そんなに気を張らなくても大丈夫。

手間をかけることは、自分を大切にすること。

その「めんどくささ」こそが、今の私の健やかな自信を支えてくれています。

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